2012年05月04日
ライカム・比屋根間開通
ライカム-----比屋根間開通
県道85号線のライカム・比屋根間が4月26日開通した。比屋根から泡瀬ゴルフ場の直前までは数年前既に新しい4車線道路が完成していたのでゴルフ場が返還され跡地の道路を一部変更して接続しライカムから比屋根まで数分で行けるようになった。
ゴルフ場跡地を通る約600mは暫定的に片側1車線のようだ。従来の島袋と仲順間道路(サングリーン道路)と交差する部分に新しい交差点ができたので写真に収めた。
写真①新しい島袋交差点(?)、②島袋から仲順方向、③比屋根方向、④ライカム方向




① ② ③ ④
県道85号線のライカム・比屋根間が4月26日開通した。比屋根から泡瀬ゴルフ場の直前までは数年前既に新しい4車線道路が完成していたのでゴルフ場が返還され跡地の道路を一部変更して接続しライカムから比屋根まで数分で行けるようになった。
ゴルフ場跡地を通る約600mは暫定的に片側1車線のようだ。従来の島袋と仲順間道路(サングリーン道路)と交差する部分に新しい交差点ができたので写真に収めた。
写真①新しい島袋交差点(?)、②島袋から仲順方向、③比屋根方向、④ライカム方向




① ② ③ ④
2012年04月28日
辺野喜ダムの六つの橋
やんばるの森の新芽の季節はやや過ぎた感じもするが、来てみると木々の緑と空気には癒されます。
今日は辺野喜ダム周辺を約3時間かけて散策し、反時計周りに六つの橋を写真に撮りました。
写真①辺野喜ダム堰堤、②堰堤越しに見た管理棟(雨上がりで少し靄がかかっている)、③スデー橋、④ヤナ橋(?)
⑤ファヤマタ橋、⑥大川橋、⑦マタハヤ橋、⑧イシナー橋




① ② ③ ④




⑤ ⑥ ⑦ ⑧
今日は辺野喜ダム周辺を約3時間かけて散策し、反時計周りに六つの橋を写真に撮りました。
写真①辺野喜ダム堰堤、②堰堤越しに見た管理棟(雨上がりで少し靄がかかっている)、③スデー橋、④ヤナ橋(?)
⑤ファヤマタ橋、⑥大川橋、⑦マタハヤ橋、⑧イシナー橋




① ② ③ ④




⑤ ⑥ ⑦ ⑧
2012年04月04日
具志川グスク
具志川グスク(別名:喜屋武グスク) 2012/4/4投稿
沖縄には具志川グスクと名前の付くグスクが三ヶ所あるそうだ。糸満市喜屋武とうるま市、久米島町にある。今回は糸満市の具志川グスクに出かけた。
そこは海岸の断崖絶壁上に作られた石垣と直接海に出られる洞穴が残されています。石垣の内部は現在修復中で見学出来ませんが横から岩場伝いに海岸まで出ることが出来ます。海岸はゴツゴツした岩場で話しに聞く地獄の針の山のようです。波に浸食され根元部分がヤセ細った大岩が多く在ります。
先の洞穴や海岸の景色など他のグスクに見られない特徴があり遊歩道を整えるなどグスク内外の整備を期待している。
写真①グスクの案内板と標柱、②修復工事中の城門、③④石垣、⑤城壁横の絶壁に立つ人影、⑥⑦城内から海に通じる竪穴と横穴、⑧海岸の様子。




① ② ③ ④




⑤ ⑥ ⑦ ⑧
沖縄には具志川グスクと名前の付くグスクが三ヶ所あるそうだ。糸満市喜屋武とうるま市、久米島町にある。今回は糸満市の具志川グスクに出かけた。
そこは海岸の断崖絶壁上に作られた石垣と直接海に出られる洞穴が残されています。石垣の内部は現在修復中で見学出来ませんが横から岩場伝いに海岸まで出ることが出来ます。海岸はゴツゴツした岩場で話しに聞く地獄の針の山のようです。波に浸食され根元部分がヤセ細った大岩が多く在ります。
先の洞穴や海岸の景色など他のグスクに見られない特徴があり遊歩道を整えるなどグスク内外の整備を期待している。
写真①グスクの案内板と標柱、②修復工事中の城門、③④石垣、⑤城壁横の絶壁に立つ人影、⑥⑦城内から海に通じる竪穴と横穴、⑧海岸の様子。




① ② ③ ④




⑤ ⑥ ⑦ ⑧
2012年03月21日
今帰仁上り(なきじんぬぶい)
今帰仁上り(なきじんぬぶい)
北中城村あやかりの杜の企画による今帰仁上りの聖地を訪ねる会に参加しました。
メインは今帰仁グスクですがグスク外の池城墓、大北墓も廻りました。私が今帰仁グスクを訪れるのは今回が2度目で、前回は小雨の中を急ぎ足でよく見られなかった場所も今回は講師の丁寧な説明を聴きながら見学できました。
今帰仁グスクは石垣で囲まれたグスクの面積が約41000㎡で首里城に次ぐ広さのようです。なぜこのような山中にこのように立派なグスクが出来たのか興味津々です。また、現在も今帰仁上りの名で県内多くの門中の人達が拝みに訪れるようです。
写真①表門の平郎門、②平郎門横の城壁、③城内御内原からグスク交流センター、北方に東シナ海が見える、④東側に写真では微かに古宇利島と古宇利大橋が見える。




① ② ③ ④
北中城村あやかりの杜の企画による今帰仁上りの聖地を訪ねる会に参加しました。
メインは今帰仁グスクですがグスク外の池城墓、大北墓も廻りました。私が今帰仁グスクを訪れるのは今回が2度目で、前回は小雨の中を急ぎ足でよく見られなかった場所も今回は講師の丁寧な説明を聴きながら見学できました。
今帰仁グスクは石垣で囲まれたグスクの面積が約41000㎡で首里城に次ぐ広さのようです。なぜこのような山中にこのように立派なグスクが出来たのか興味津々です。また、現在も今帰仁上りの名で県内多くの門中の人達が拝みに訪れるようです。
写真①表門の平郎門、②平郎門横の城壁、③城内御内原からグスク交流センター、北方に東シナ海が見える、④東側に写真では微かに古宇利島と古宇利大橋が見える。




① ② ③ ④
2012年03月01日
アオバナハイノキ
早春のやんばるの森
やんばるの森に春の訪れを告げるアオバナハイノキが咲き始めたと新聞記事があったので早速訪問しました
新芽の黄緑が美しい木々の間の所々に薄い青紫のアオバナハイノキを見ることが出来、感動しました。
アセビや椿は満開を過ぎて散り始めていますがそれもまた情緒があります。
写真①樹間に一際目立つアオバナハイノキ、②アオバナハイノキのアップ、③遊歩道を散り染めたアセビ、④椿はまだまだ見られそうです。




① ② ③ ④
やんばるの森に春の訪れを告げるアオバナハイノキが咲き始めたと新聞記事があったので早速訪問しました
新芽の黄緑が美しい木々の間の所々に薄い青紫のアオバナハイノキを見ることが出来、感動しました。
アセビや椿は満開を過ぎて散り始めていますがそれもまた情緒があります。
写真①樹間に一際目立つアオバナハイノキ、②アオバナハイノキのアップ、③遊歩道を散り染めたアセビ、④椿はまだまだ見られそうです。




① ② ③ ④
2012年02月24日
山巓毛(さんてぃんもう)
山巓毛(さんてぃんもう) 2012/2/24投稿
2月22日、初めて糸満市の山巓毛を訪問しました。
都市公園になっていて漁港方面の展望が良く、清掃も行き届いていてトイレなども綺麗です。
難点は施設というか展示物というか記念碑等の説明が無くて初めての人には何の事か分かりません。幸いに同行者が勉強家で少し説明してくれました。
次に難点は立派な駐車場があるのにその殆どを近くの住民らしき人たちの車に占領せれて訪問者の駐車スペースが少ない事です。
写真①展望台、②西側展望、③山巓毛改修碑と彫られている、④手前の八角形の構造物は日本軍の監視所の跡だと教えられた。米軍の攻撃目標になり③の改修碑等に砲弾の跡等が残っている。




① ② ③ ④
2月22日、初めて糸満市の山巓毛を訪問しました。
都市公園になっていて漁港方面の展望が良く、清掃も行き届いていてトイレなども綺麗です。
難点は施設というか展示物というか記念碑等の説明が無くて初めての人には何の事か分かりません。幸いに同行者が勉強家で少し説明してくれました。
次に難点は立派な駐車場があるのにその殆どを近くの住民らしき人たちの車に占領せれて訪問者の駐車スペースが少ない事です。
写真①展望台、②西側展望、③山巓毛改修碑と彫られている、④手前の八角形の構造物は日本軍の監視所の跡だと教えられた。米軍の攻撃目標になり③の改修碑等に砲弾の跡等が残っている。




① ② ③ ④
2012年02月11日
オオゴマダラ
小さな旅 オオゴマダラとセンダングサ
2月1日、久しぶりに良い天気に誘われて沖縄本島南部をドライブしました。
糸満市の住宅地の外れの草むらでオオゴマダラが舞っていたので思わず写真を写しました。
センダングサに止って蜜を吸っているようでした。


2月1日、久しぶりに良い天気に誘われて沖縄本島南部をドライブしました。
糸満市の住宅地の外れの草むらでオオゴマダラが舞っていたので思わず写真を写しました。
センダングサに止って蜜を吸っているようでした。


2011年11月30日
韓国の印象
小さな旅(番外編) 韓国の印象
那覇から韓国の仁川空港へ週5便の直行便がある。
先日、それを利用して韓国を旅したので印象を記す。
最近の韓国は韓流ブームのため意気盛んで近代的な仁川空港や高速道路、高層マンション等建築ラッシュのようである。ソウルは緯度としては日本の仙台と同程度との事でこの時期(10月末)落葉樹が色づき特にイチョウの黄葉が見事でした。ソウルから数時間の原州市の郊外をウォーキングしたが人々の暮らしぶりも落ち着いていて豊かに見えた。
一方、統一展望台では北朝鮮と対峙する韓国軍の銃撃訓練の銃声が響き同民族同士が敵味方に分かれて対峙しエネルギーを費やさねばならない不幸を感じた。日本は歴史上韓国から多くの文化や技術を教えてもらいながら一方で理不尽な戦争を仕掛けたり植民地にしたりした事を大いに恥ずべきである。
写真①ソウル郊外の高層マンション、写真②統一展望台から漢江の対岸に北朝鮮の監視所などが見えると言う。写真③周囲5kmほどの城壁に囲まれた水原華城(世界遺産)、写真④川幅1kmほどと思われる漢江に架かる橋から見たビル街の間から昇る朝日。




① ② ③ ④
那覇から韓国の仁川空港へ週5便の直行便がある。
先日、それを利用して韓国を旅したので印象を記す。
最近の韓国は韓流ブームのため意気盛んで近代的な仁川空港や高速道路、高層マンション等建築ラッシュのようである。ソウルは緯度としては日本の仙台と同程度との事でこの時期(10月末)落葉樹が色づき特にイチョウの黄葉が見事でした。ソウルから数時間の原州市の郊外をウォーキングしたが人々の暮らしぶりも落ち着いていて豊かに見えた。
一方、統一展望台では北朝鮮と対峙する韓国軍の銃撃訓練の銃声が響き同民族同士が敵味方に分かれて対峙しエネルギーを費やさねばならない不幸を感じた。日本は歴史上韓国から多くの文化や技術を教えてもらいながら一方で理不尽な戦争を仕掛けたり植民地にしたりした事を大いに恥ずべきである。
写真①ソウル郊外の高層マンション、写真②統一展望台から漢江の対岸に北朝鮮の監視所などが見えると言う。写真③周囲5kmほどの城壁に囲まれた水原華城(世界遺産)、写真④川幅1kmほどと思われる漢江に架かる橋から見たビル街の間から昇る朝日。




① ② ③ ④
2011年11月20日
泡瀬ゴルフ場跡地
泡瀬ゴルフ場跡地 2011年11月20日投稿
泡瀬ゴルフ場跡地の事業概要説明会が北中城村の担当者により17日に島袋公民館で開かれたので地域住民の一人として出席しました。また、現状がどのようになっているか写真を撮ってきたので公開します。
ライカム交差点から比屋根へ下る沖縄環状線と島袋から仲順へ行く道路が交差する島袋交差点が新しく出来るようで工事中の写真を撮りました。
一方、原状回復の工事も少しずつ進んでいるようで、今日見たところ元駐車場アスファルトがすっかり剥がされていました。工事中の騒音や振動が激しくて付近の住民は非常に迷惑しているようです。
図1は新しく出来る島袋交差点付近の説明資料、写真①島袋から仲順方面を見た様子。写真②逆に仲順方面から島袋を見た様子、写真③交差点の真ん中から比屋根方面を見た様子。逆方向はまだ造成されていない。

図1



写真① 写真② 写真③
泡瀬ゴルフ場跡地の事業概要説明会が北中城村の担当者により17日に島袋公民館で開かれたので地域住民の一人として出席しました。また、現状がどのようになっているか写真を撮ってきたので公開します。
ライカム交差点から比屋根へ下る沖縄環状線と島袋から仲順へ行く道路が交差する島袋交差点が新しく出来るようで工事中の写真を撮りました。
一方、原状回復の工事も少しずつ進んでいるようで、今日見たところ元駐車場アスファルトがすっかり剥がされていました。工事中の騒音や振動が激しくて付近の住民は非常に迷惑しているようです。
図1は新しく出来る島袋交差点付近の説明資料、写真①島袋から仲順方面を見た様子。写真②逆に仲順方面から島袋を見た様子、写真③交差点の真ん中から比屋根方面を見た様子。逆方向はまだ造成されていない。

図1



写真① 写真② 写真③
2011年09月16日
防球ネットの支柱撤去2011.9.16
泡瀬ゴルフ場跡地
今日は台風15号が接近し不安定な天気で俄雨が降ったり日が射したりしていました。
風はまだ強くないようです。
泡瀬ゴルフ場跡地の原状回復の工事も少しずつ進んでいるようで、かつてゴルフ場と北側の比嘉集落の間にあった高い防球ネットが撤去され、このほどその支柱も撤去されました。7階建てのマンションより高いと思われる支柱をどのような方法で撤去するだろうかと野次馬根性で見ていました。
(具体的な方法は良く判らないが1辺2mもあるかと見えるコンクリートの4角柱を上からクレーンで支えておいて3~4mの長さに角切りにするらしい。)
写真①クローズされる前の10番ティーから見たグリーンの様子。ネットの外側に7階建てのマンションが見える。②支柱撤去工事途中の様子、クレーンの傍の2本は既に上部の方が切り取られている。③支柱を切り取ったコンクリートの塊とクレーン車、左側に作業員。④撤去後の様子。左側に7階建てマンション、奥のほうに県営高層住宅や水道の配水タンク、中ほどにプラザハウスSCが見える。




① ② ③ ④
今日は台風15号が接近し不安定な天気で俄雨が降ったり日が射したりしていました。
風はまだ強くないようです。
泡瀬ゴルフ場跡地の原状回復の工事も少しずつ進んでいるようで、かつてゴルフ場と北側の比嘉集落の間にあった高い防球ネットが撤去され、このほどその支柱も撤去されました。7階建てのマンションより高いと思われる支柱をどのような方法で撤去するだろうかと野次馬根性で見ていました。
(具体的な方法は良く判らないが1辺2mもあるかと見えるコンクリートの4角柱を上からクレーンで支えておいて3~4mの長さに角切りにするらしい。)
写真①クローズされる前の10番ティーから見たグリーンの様子。ネットの外側に7階建てのマンションが見える。②支柱撤去工事途中の様子、クレーンの傍の2本は既に上部の方が切り取られている。③支柱を切り取ったコンクリートの塊とクレーン車、左側に作業員。④撤去後の様子。左側に7階建てマンション、奥のほうに県営高層住宅や水道の配水タンク、中ほどにプラザハウスSCが見える。




① ② ③ ④
2011年08月28日
泡瀬ゴルフ場跡地 2011年8月28日投稿
泡瀬ゴルフ場跡地
まだまだ蒸暑い日が続いている中、泡瀬ゴルフ場跡地の原状回復の工事も少しずつ進んでいるようです。ライカム交差点から泡瀬へ通じる県道の工事の様子を紹介します。
写真①かつて美しいモクマオ並木であった道路のモクマオはすっかり伐採されました(西方向)
②東方向は途中で中断されている県道方向への掘削が進んでいます。写真左に中断されている県道の道路灯、右側海上に津堅島が見えます。


① ②
まだまだ蒸暑い日が続いている中、泡瀬ゴルフ場跡地の原状回復の工事も少しずつ進んでいるようです。ライカム交差点から泡瀬へ通じる県道の工事の様子を紹介します。
写真①かつて美しいモクマオ並木であった道路のモクマオはすっかり伐採されました(西方向)
②東方向は途中で中断されている県道方向への掘削が進んでいます。写真左に中断されている県道の道路灯、右側海上に津堅島が見えます。


① ②
2011年08月04日
泡瀬ゴルフ場跡地2011.8.4
今日(8月4日)は台風9号接近で雨風が強くなってきました。泡瀬ゴルフ場跡地の原状回復の工事も一休みのようですが先月までに防球ネット支柱撤去の工事が若干進んでいるようなので写真を公開します。
写真①コンクリート支柱撤去の為の足場の様子(7月中頃)、②手前の2本は途中まで撤去し中程は進行中(7月末頃)、③クラブハウス撤去跡、④東側では県道との接続道路(?)と思える掘削作業中。
①
②
③
④
写真①コンクリート支柱撤去の為の足場の様子(7月中頃)、②手前の2本は途中まで撤去し中程は進行中(7月末頃)、③クラブハウス撤去跡、④東側では県道との接続道路(?)と思える掘削作業中。
①

②

③

④

2011年07月14日
沖縄署新築工事
2011年7月12日、沖縄警察署新築工事
暑い日が続いていてウォーキングに出るのも躊躇するこのごろです。
12日は幾分暑さも和らいだような気がしたので近所を散歩しました。
ライカム交差点から国道330号線を北へ約400m、プラザハウスの向い側に沖縄警察署の新築工事が進行中でした。ちょうど1階のセメント流し込み中で沢山のミキサー車やポンプ車と大勢の作業員が働いています。
来年6月頃完成予定?
写真①完成図イラスト、②工事表示板、③4台のコンクリート流し込み車輌が同時作業、後方はプラザハウスSC、④逆にプラザハウスから見た作業風景、後方は県営山里団地




① ② ③ ④
暑い日が続いていてウォーキングに出るのも躊躇するこのごろです。
12日は幾分暑さも和らいだような気がしたので近所を散歩しました。
ライカム交差点から国道330号線を北へ約400m、プラザハウスの向い側に沖縄警察署の新築工事が進行中でした。ちょうど1階のセメント流し込み中で沢山のミキサー車やポンプ車と大勢の作業員が働いています。
来年6月頃完成予定?
写真①完成図イラスト、②工事表示板、③4台のコンクリート流し込み車輌が同時作業、後方はプラザハウスSC、④逆にプラザハウスから見た作業風景、後方は県営山里団地




① ② ③ ④
2011年06月10日
泡瀬ゴルフ場跡地2011.6.8
2011年6月8日の泡瀬ゴルフ場跡地
泡瀬ゴルフ場跡地で原状回復の手始めとして立木の伐採が始まったようです。
緑豊かなモクマオ並木も数本を残して切られてしまいました(6月4日)。
一部残して公園化しても良いような気がしますが無理なようです。
写真①北海道の牧場のような雰囲気、②伐採したモクマオを持ち上げる作業車、③伐採されて南側のKホテルまで見通せるようになりました、
④奥にある防球ネットの支柱を撤去するための作業車と思われるクレーンも待機中。




写真① ② ③ ④
泡瀬ゴルフ場跡地で原状回復の手始めとして立木の伐採が始まったようです。
緑豊かなモクマオ並木も数本を残して切られてしまいました(6月4日)。
一部残して公園化しても良いような気がしますが無理なようです。
写真①北海道の牧場のような雰囲気、②伐採したモクマオを持ち上げる作業車、③伐採されて南側のKホテルまで見通せるようになりました、
④奥にある防球ネットの支柱を撤去するための作業車と思われるクレーンも待機中。




写真① ② ③ ④
2011年05月26日
ワルミ大橋
ワルミ大橋 2011.5
ワルミ大橋から見たモーターボートの航跡。青く美しい海面に画かれた航跡を見て急いでシャッターを切った所、空撮のような写真になりました。橋の高さは海面から7~80mあるのだろうか? ネットから調べるとクリアランス高さ37mとなっているけれども意味が良く判らない。説明によると台風時に2000トン級の船が通れるようになっている様です。
橋上から北は運天港、南に羽地内海が見えて絶好のビュウポイントです。
写真①モーターボートの航跡、②運天港方面、
③羽地内海方面、④橋を一部入れて本島方面を写した。




写真① ② ③ ④
ワルミ大橋から見たモーターボートの航跡。青く美しい海面に画かれた航跡を見て急いでシャッターを切った所、空撮のような写真になりました。橋の高さは海面から7~80mあるのだろうか? ネットから調べるとクリアランス高さ37mとなっているけれども意味が良く判らない。説明によると台風時に2000トン級の船が通れるようになっている様です。
橋上から北は運天港、南に羽地内海が見えて絶好のビュウポイントです。
写真①モーターボートの航跡、②運天港方面、
③羽地内海方面、④橋を一部入れて本島方面を写した。




写真① ② ③ ④
2011年05月07日
泡瀬ゴルフ場跡地
2011年5月5日の泡瀬ゴルフ場跡地
泡瀬ゴルフ場跡地について暫く情報が無かったが、北中城広報5月号に「工事のお知らせ」チラシが入っていました。
5月中ごろから原状回復の工事が始まるようなので様子を見に行きました。
元駐車場の大きな広場はフェンスで囲まれ、中に工事現場事務所らしきプレハブが建っていました。
元クラブハウスは落書きなどが増えていましたが健在でした。
写真①沖縄防衛局の工事表示板、②元駐車場広場のプレハブ、③元クラブハウス、後方は防球ネットの支柱、④「工事のお知らせ」チラシ




写真① ② ③ ④
泡瀬ゴルフ場跡地について暫く情報が無かったが、北中城広報5月号に「工事のお知らせ」チラシが入っていました。
5月中ごろから原状回復の工事が始まるようなので様子を見に行きました。
元駐車場の大きな広場はフェンスで囲まれ、中に工事現場事務所らしきプレハブが建っていました。
元クラブハウスは落書きなどが増えていましたが健在でした。
写真①沖縄防衛局の工事表示板、②元駐車場広場のプレハブ、③元クラブハウス、後方は防球ネットの支柱、④「工事のお知らせ」チラシ




写真① ② ③ ④
2011年04月27日
伊祖グスク
伊祖グスク 2011.4.27
伊祖グスクは浦添市伊祖の街中の伊祖公園に隣接した所にある。拝所前の鳥居には沖縄戦時の弾痕の補修跡が残り、参道も凹凸が激しく歩きやすいとは言えない。それだけに、小潅木の密集した中に野面積みの石垣や階段に古いグスクの雰囲気がある。
拝所前の案内板(写真③)に次のように記されている。「伊祖城跡は伊祖部落の北東方に位置し、東西に延びる標高50から70メートルの琉球石灰岩の丘陵上に築かれたグスクである。
眼下に沖縄最古の貿易港牧港をはじめ宜野湾、北谷の海岸、読谷の残波岬、南西に慶良間諸島を望む雄大な景観を呈し要害の地になっている。
伝承によると伊祖グスクは英祖王(1229~1299年)の父祖代々の居城といわれ、英祖王もこの城で生まれたという。比較的規模の小さい城であるが丘陵を取り囲む形で石垣が巡らされている。石積みは切石積みと野面積みの両積石の技法が用いられ、東北向きの城門付近から本丸跡(現伊祖神社付近)にかけては切石積み、南西側の断崖上の崖縁は野面積みとなっている。伊祖城跡の考古学的な調査はまだ実施されていないが、城内外からはグスク系土器や須恵器、中国陶磁等が採集されている。
昭和63年3月25日」
写真①駐車場の傍にある立札、②石段と鳥居、③拝所と案内板、④物見台からの展望、沖電の発電所の煙突が見える




① ② ③ ④
伊祖グスクは浦添市伊祖の街中の伊祖公園に隣接した所にある。拝所前の鳥居には沖縄戦時の弾痕の補修跡が残り、参道も凹凸が激しく歩きやすいとは言えない。それだけに、小潅木の密集した中に野面積みの石垣や階段に古いグスクの雰囲気がある。
拝所前の案内板(写真③)に次のように記されている。「伊祖城跡は伊祖部落の北東方に位置し、東西に延びる標高50から70メートルの琉球石灰岩の丘陵上に築かれたグスクである。
眼下に沖縄最古の貿易港牧港をはじめ宜野湾、北谷の海岸、読谷の残波岬、南西に慶良間諸島を望む雄大な景観を呈し要害の地になっている。
伝承によると伊祖グスクは英祖王(1229~1299年)の父祖代々の居城といわれ、英祖王もこの城で生まれたという。比較的規模の小さい城であるが丘陵を取り囲む形で石垣が巡らされている。石積みは切石積みと野面積みの両積石の技法が用いられ、東北向きの城門付近から本丸跡(現伊祖神社付近)にかけては切石積み、南西側の断崖上の崖縁は野面積みとなっている。伊祖城跡の考古学的な調査はまだ実施されていないが、城内外からはグスク系土器や須恵器、中国陶磁等が採集されている。
昭和63年3月25日」
写真①駐車場の傍にある立札、②石段と鳥居、③拝所と案内板、④物見台からの展望、沖電の発電所の煙突が見える




① ② ③ ④
2011年03月23日
越来グスク跡
越来グスクは琉球王府時代の第一尚王統6代目の尚泰久や第二尚王統2代目の尚宣威(尚円王の弟)が王子のとき住んでいた城です。しかし、現在では石積みのほとんどは道路工事などで運び出され跡形もありません。一帯は住宅地となり、歴史の舞台に登場した面影はありません。
一部が小公園となり石碑や拝所、鳥居などが残るだけです。
写真①は越来グスク跡の小公園から沖縄市役所方面を望む。②は跡地に建つ案内碑や拝所、③は国道330号線から入る道路標柱でここから約150メーター程で②の拝所などがある。
④は尚宣王の墓でグスク跡から離れた崖の所にある。階段を上りきった所に墓所がある。




① ② ③ ④
一部が小公園となり石碑や拝所、鳥居などが残るだけです。
写真①は越来グスク跡の小公園から沖縄市役所方面を望む。②は跡地に建つ案内碑や拝所、③は国道330号線から入る道路標柱でここから約150メーター程で②の拝所などがある。
④は尚宣王の墓でグスク跡から離れた崖の所にある。階段を上りきった所に墓所がある。




① ② ③ ④
2011年02月15日
伊波城跡
伊波城跡:沖縄県指定史跡.2011年2月
伊波城跡は旧石川市の南方県道329号線石川トンネル近くの丘陵にあり、14~15世紀頃(古琉球、グスク時代)に築かれたとされる城跡です。
戦前の皇民化政策の影響で大きな鳥居が建っていますが中には神社の様なお宮さんは無く沖縄独特の拝所が3箇所あります。
東北面は切り立った自然の断崖で、三方は低い石垣を巡らしています。広さは学校のグランドか少し大きい程度でしょうか。露出した岩や雑木が多くて全体を見渡すことができません。
なお、国道329を栄野比に向かう途中に伊波按司の墓があり現在も子孫の方々がお参りされているようです。
写真①南側入口、②遥拝所から石川岳を望む、遠くに恩納岳が見える③④案内板




① ② ③ ④
伊波城跡は旧石川市の南方県道329号線石川トンネル近くの丘陵にあり、14~15世紀頃(古琉球、グスク時代)に築かれたとされる城跡です。
戦前の皇民化政策の影響で大きな鳥居が建っていますが中には神社の様なお宮さんは無く沖縄独特の拝所が3箇所あります。
東北面は切り立った自然の断崖で、三方は低い石垣を巡らしています。広さは学校のグランドか少し大きい程度でしょうか。露出した岩や雑木が多くて全体を見渡すことができません。
なお、国道329を栄野比に向かう途中に伊波按司の墓があり現在も子孫の方々がお参りされているようです。
写真①南側入口、②遥拝所から石川岳を望む、遠くに恩納岳が見える③④案内板




① ② ③ ④
2011年02月03日
サングリーン道路その後
サングリーン道路その後.2011年1月
旧泡瀬ゴルフ場横の道路(サングリーン道路)
の球避けの金網が撤去されて2ヶ月ほどになりました。
以前はクネクネと数百メートルに渡って設置され圧迫感を受け、ラジオの電波も受信出来ないでいました。
昨年11月に金網が撤去されすっきりしました。内側のフライ避けのネットを張る高い鉄柱はまだ残っていて異様な雰囲気です。

旧泡瀬ゴルフ場横の道路(サングリーン道路)
の球避けの金網が撤去されて2ヶ月ほどになりました。
以前はクネクネと数百メートルに渡って設置され圧迫感を受け、ラジオの電波も受信出来ないでいました。昨年11月に金網が撤去されすっきりしました。内側のフライ避けのネットを張る高い鉄柱はまだ残っていて異様な雰囲気です。





